(Last Updated On: 2018年3月5日)

 

前回の続きとなります今回は、少し切り口を変えて話を進めていきます。

旧態依然とした読書感想文は2020年以降の新しい公教育では形骸化するのではないか、という指摘をしている本があります。

少し前に紹介したこちらの本↓

この本をもとにし、親目線で読書感想文の今後の在り方と2020年対策として子供の力量を伸ばす手にならないか、という話を展開していきます。

 

2020年 新しい「読書感想文」

先ほど紹介した「2020年からの教師問題」の中で、読書感想文の形が大きく変わるのではないのか、と問題提起をしております。

読んだときは「そうきたか!」、と率直に思いました。

その内容の簡略版がこちらのサイトにあります。

ざっと目通すと、課題図書選考の基準が不明瞭な点、生徒が率直な意見を書くことを躊躇する点、読書感想文の定形がない点、という3点を問題視しています。

読書感想文コンクールでは、課題図書の部と自由図書の部がありますね。

我が家でも、子供①が1年生の時に課題図書の方で書きましたが、私も目を通して「ハハァ~、こう感じ取ってもらいたいんだろうな」、というのが見え見えのないようでした。

簡単に申しますと、依怙贔屓はダメ、みんな仲良く的な感じにまとめさせようとしている、そういう考えを低学年の子には持ってもらいたい、という印象でした。

 

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 課題図書と自由図書

さて、石川氏の本の中では、課題図書を前提として話が進んでいきます。

我が家でも、子供①が1年時に課題図書、私が懲りて(意図が見え見えで嫌だったので)2年時には自由図書に舵を切りましたが、まさかの①の選択で失敗に終わりました・笑

今年はどうするか。1年生と3年生の課題図書を本屋さんで立ち読みしたり、図書館で早々に借りてきて目を通しましたが、・・・な感じ。

今年も自由図書にチャレンジする方向で決まっています。

同じ本を生徒全員が書くとなると、先生個人の感性と似た捉え方をしている生徒の方が評価が高くなるのは当然のことです。

我が家の子供たちが、その真意をくみ取るほど器用ではないので、避けるしかないですな~(;’∀’)

 

自由に意見を書くも、まとめられず

子供①が2年生の時は、文章の幅を広げられないほど超短編を選択した苦い想い出がありますが、自由に書くことで方向性がまとまらない危険性もあります。

①がチョイスしたふたりはいつも のなかの「アイスクリーム」で、①は自分の好きなアイスを紹介し始めていました・・・。

「好きなアイスはチョコレートとバニラです。チョコチップが入っていれば最高にうれしいです」、と。

自由すぎる・・・。いかん・・・(-_-;)。

①もこれ以上書けないとベソ書いている・・・。仕方がなく、その後に友情に関する考えを無理やり書かせました(# ゚Д゚)

小学校低学年であれば、自由に書くことへ何の躊躇いも感じないでしょうが、高学年になると100%先生を意識するハズです。

そうすると、「本当は自分の好きなアイスの種類を書きたいけど、そんなことしたら先生からの評価は低くなるだろう」、と頭が働くわけです。

そうすると、自分を押し殺してまで読書感想文を書かなくてはいけないんですよね。苦痛以外の何物でもありません。

 

読書感想文の定形がない!!

これは私も学生時代に苦労しました。学校では習った記憶はありません。

行き当たりばったりで書いていましたね。今はネットや読書感想文の書き方、という本も多数出版されています。

アマゾンで検索していたら、1960年代から読書感想文の指南書本が出版されていることに驚きました。今も昔も悩みは同じ、ということでしょうか。

日本では、これ!、という定形を学校で教わりません。ある意味個人に丸投げです。

ちなみに、アメリカでは小学校からライティング(作文の作法)を教わります。

こちらのサイトに詳しく書いてあります。大変参考になりますよ!

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これからの読書感想文

2020年以降は、サイトでも例としてあげられている夏目漱石の「こころ」で、もしあなたがKだったら、先生の言動に対してどうするか、という問いを欧米方式の読書レポート形式で個人の意見をまとめる指導になっていくのではないか、とあります。

大学のAO入試や小論文を見ていても、書く力がある学生を難関大学は欲しがっているのは間違いありません。

個人的にも、日本の今までの読書感想文スタイルでは、世界基準のクリティカル・シンキングを身に着けることは厳しいと思います。

感想文の形もしらず、原稿用紙の枚数にたどり着くことだけを気にして字数稼ぎをし、ダラダラとメリハリのない文章を書く。

多くの子供たちが(私もそうでしたが・・・(;’∀’))、あらすじをまとめ、最後に「おもしろかった」、「読んでためになった」で終了する作文は姿を消すしか道はないのでしょうか・・・。

ライティング技術も家庭に一任されている日本って、やはり世界の教育から取り残されている証拠なのか、と思ってしまいます。