(Last Updated On: 2018年5月26日)

 

はじめまして。管理人の中山まち子です。アラフォー中肉中背の主婦です。

アバターは実物の10割増しの似顔絵ですので、ご了承ください。

夫の転勤に伴い、現在住んでいる某県某市に10年弱前に引っ越してきました

生まれ育ったのは北関東のとある街です。

2018年春、就学児童が2人・年少の末っ子、と3人の子供がいます。

記事では子供①(小学校4年生)、②(2年生)、③(年少)の表記で話を進めていきますのでよろしくお願いします。

 

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子供時代~大学生

子供時代は世間がバブル景気でどんちゃん騒ぎだというのに、実家はどん底

バブル崩壊から生活が上向きと、世間とは真逆の生活を過ごしてきました。

貧乏にも関わらず、親は何とか子供たちに進学高校→大学、と進んでほしいと願っていました。特に母は。

その気持ちに応えるべく、中学1年の時に二宮金次郎のように勉学に励み、地域No1.高校に合格することができました。(今は共学化の波が全国で押し寄せていますが、当時の北関東では公立男子&女子高校がトップに君臨)

首都圏や西日本の大都市圏とは違い、公立優位の県で育ちました。

ですから、名門私立中受験の話は一切しませんし、できません。すみません。

地方から難関大学突破を目指す情報を発信できれば、と考えています。早期教育に興味がある方向けでもありません。

子供時代の詳細は以下を参照にしてくださいね。

近所の中でブービー賞的な家

図書館活用で読書好き 人生を左右する!?

自分も経験!10歳の壁ってあると思う

 

ド根性カエルのような中学時代の話はこちら↓

この時代に進研ゼミに大変お世話になりました。

リアル二宮金次郎にはなれなかったけれど・・・①

リアル二宮金次郎にはなれなかったけれど・・・②

リアル二宮金次郎にはなれなかったけれど・・・③

リアル二宮金次郎にはなれなかったけれど・・・④

 

華々しく女子高デビューかと思いきや、トップとの差はスタート時点で大きく引き離されていたことに気が付く・・・。

凄まじい挫折の高校時代を経て、自宅警備隊1年→某公立大学に何とか滑り込みセーフしました(;’∀’)

1年間の自宅警備隊は精神的にもキツイものでした。

浪人する友人&知人はみな超難関大学を目指し、予備校に通ったり寮に入ったりしていましたから・・・。

基本的な勉強のやり方が身に付いていなかった自分にとって、オアシスを求め砂漠を放浪するような気分でしたね。

人生で一番キツイ時期でした。

この辛い時期を経験したからこそ、トップ高校に合格したからイイ、ではないことを身をもって痛感したのです。

 

塾講師~現在

さて、大学卒業後から子供①の出産二ヶ月前まで、とあるそこそこ名の知られている会社の個別形式の塾で、約7シーズン働いていました。

小学生向クラスはプリント学習(算数と国語)、中学生と高校生には英語を教える講師として

集合系と違い、一度に様々な学年の子供と接する機会に恵まれましたね~。

下は幼稚園・年長、上は高校三年生と幅が広く、勉強が苦手な子もいれば物凄く出来る子もいたり。

そして、同じ地域の公立コース(小学→中学)にいながらも、学力の差を感じるとともに、この差はいったい何歳から出るのだろうかと教えていて興味を抱きました

両者の差は、中学以降は加速度的に広がり接近することは不可能に近い。

と言うことは、意識しなければ小学生時代に学力の大枠が出来上がってしまうのでは?、と。

塾講師時代に結婚→妊娠をし、自分の子供にはこの経験を活かさないといけないとともに、自分の両親を反面教師にして日々子育てに奮闘しております。

透明教育ママ、と名付けたのも教育ママカラーを出して子供のプレッシャーにならないように、透明人間のように見えないように子供をサポートしたい、との考えがあるからです。

地方都市で、オール公立で難関大学を受験できる学力をそっと子供につけさせること を目標にしています。

自分が経験した、トップ高校での底辺&殿上人の違い、塾講師を通じてみた子供の学力差、をフル活用して育児に奮闘中です。

決して毒母にならず、ムリヤリはせず、けれど叱咤激励はする、というスタンスを誓っています。

訪れてくださった皆さんの微力ながらお役に立てれば幸いです。