(Last Updated On: 2020年3月8日)

 

夏休みが始まり、子供③の相手を①&②がしてくれると思いきや、学校の図書室や①の夏期講習、ようやく入れるようになったプール→なだれ込むように公園で遊ぶ、という流れ。

いつも以上に私の時間が吸い上げられていくことに・・・(-_-;)。

そんな中でも、読んだ本があります。

というか、何とか時間を見つけて読みました!!!

 

2017年No.1の本かも、私的に

われらの子ども:米国における機会格差の拡大

われらの子ども:米国における機会格差の拡大

けっこう分厚い本なのですが、近い将来の日本を見ているかのような子供の機会格差に関する内容のものです。

2020年からの大学入試改革も、アメリカをお手本にしている匂いが漂います。

日本でも近年問題になっている教育格差も、アメリカはすでに表面化しており、日本では更なる格差拡大はほぼ間違いない事実として受け止められています。

実際、アメリカでどのような格差となっているのか気になり本書を手に取りました。

そこに書いてあったのは、1959年よりも現代の方が下位階層、人種において不利になっている状態が克明に記されていました・・・。

ちなみに、著者では最初に黒人、ヒスパニック系から表面に、そして同人種間の拡大が広がり、その波が白人の世帯にも押し寄せている、としています。

 

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1959年と現代

第一章から第六章までなる、子供における格差の流れが描かれています。

冒頭は1959年の高校卒業生のその後の人生が、数人の実在する人物にスポットライトをあてて、格差をベースに描かれています。

1959年当時の若者が、親は中学校もろくに出ていないけれど、教師や牧師などの励まし、スポーツを通して人種間の差別を感じずに大学に進学した、などの話が出てきます。

1世代で大学卒業者がいる家系にした、ということが別段特別ではない、アメリカンドリームを思い起こす出来事が起きたのが1950年代後半~60年代。

 

そして50年以上たった今では、階層によって住む場所も受ける教育も格差が広がっている現実があり、1959年の彼ら、彼女が現代において、同じようなドリームを実現することは困難だろう、と感じました。

最初の比較対象が、オハイオ州のポートクリントン(五大湖の一つエリー湖を囲む街)ですが、1990年2008-2012年とでは、子供の貧困層が急増し、また、富裕層と貧困層の住居地域がくっきりしている図が示されていました。

1959年においては、そこまでの区別もなく、有望な子供がいれば奨学金の口を牧師や先生が手助けしてくれた話が載っています。

 

極端な家族

現代の若者が2人紹介されていますが、前者はエリー湖畔の高級住宅街に住む子供です。

子供たちは教育熱心な親に育てられ、夕食は可能な限り一緒にとり、母親は読み聞かせもたくさんした、とあります。

後者は18歳の青年ですが、両親の離婚後父に育てられるも、監獄に入ったりとまともな育児を受けてこなかった有様が伝わっています。学校でも問題を起こし、非行記録のために職探しも難航、と。

今では、同じ街であっても住む地区でまったく受ける機会が異なり、生まれの環境で全て決まってしまう現状があります。

これは日本でも実際起こっている問題です。

ネットで検索すれば、良い学区・悪い学区の情報が瞬時に手に入ります。

私が住んでいる街でも、道路挟んだ向こう側の学区が嫌だから、と無理やり越境してくる親子がいるくらいです。

代々受け継がれている土地ならまだしも、最初から学区を考えて家を選べばいいのに、と感じてしまいますけどね・・・。

 

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身近な問題 学区

学区選びの話も載っていました。

よりよい学区探しは、子供の就学前から行っている夫婦の話

子供に質の良い教育を、と考えて行動をとるのはアメリカでも日本でも代わり映えしません。

そして、質の高い街はどんどん住宅の値段が上がり、高所得者しか住めない街に変貌していったことは想像に難くないです。

日本でも、人気の学区に立地するマンションなどは賃料が高いのものです。

 

 

↑のような新書まで刊行されている時代ですからね(;’∀’)。

 

先日、子供①が夏期講習の体験に参加したさい、事前オリエンテーションで塾の先生がこう話していました。

「住んでいる街の学校のレベルを確認してください。地域差が大きいです。学習内容もまったく異なるので注意が必要です」

これ、地方都市の話ですよ~。

 

育児の仕方も違う!

本の中では、高卒と大卒の対比グラフが大量に掲載されています。

ここで勘違いしやすいのが、アメリカと日本の義務教育の違いです。日本では、義務教育は中学までですが、アメリカの義務教育は高校まで、です。

ですから、日本でいう所の、大卒親と中卒親の対比、と考えた方が無難でしょうか。

第三章の育児では、アトランタの黒人家族三組が登場しています。

高所得層、シングルマザーの労働者階級、すさまじく荒れた家庭環境、です。

 

日本においては、最初と二番目に登場した家族までが存在していると思いますが、最後に登場した荒れ狂った環境の中で成長した青年も、徐々に増えてくるのではないか、と感じています。

三家庭の育児も全く異なりますが、とくに一番最後に出てくる崩壊した家庭で育った青年は、誰も彼の学業を心配する大人が登場してきません。

3歳から5歳の間に深刻な慢性的ストレスを経験した子どもは実行機能(集中力・衝動抑制・精神の柔軟性・作業記憶)が傷つく可能性がより高くなり、そのことで、彼らが問題を解決したり、逆境に対処したり、自分の組み立てをする力が弱まる

第三章 育児 P128-P129要約

 

これを読んで感じたのは、スマホ育児やDSなどのゲームを預けておくお母さんたちの姿です(;’∀’)

この先、日本では創造力と表現力、コミュニケーション能力が高い人が更なる所得増になるとしか思えないので、幼少期からゲームで大人しくさせる、というのは子供の未来を潰しているしか言えません・・・。

 

何をすべきか

最後の章でもある第6章では、子どもの機会格差是正には何をするべきなのか、を検証しています。

その中の一つに、低所得層の幼児への就学前の保育とその親へのプロが行うコーチングを実施し、環境に左右されずに子ども能力を引き延ばすプログラムが紹介されています。

これは、日本でも話題になったJ.ヘックマン教授の本と同じ内容ですが、「われらの子ども」の方が様々なアングルから物事をとらえている、と個人的には感じましたね。

 

 

置かれた環境、親の育児でどれ程差が出るのか、を痛感してしまいますよ。

育児への熱心さは政治、経済、ニュースに対する興味関心でも差がある、という話も出ていました。これは、新聞を取る取らない、と似た感じでしょうか

対岸の火事とは思わずに、是非手に取って読んでいただきたい本です。