中学デビュー大作戦は二宮金次郎の如く④

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(Last Updated On: 2020年3月6日)

 

さて、今回は私目の中学時代の話最終章をいたします。

 

とうとう気が付けば3年生になっていました。

今振り返っても、あの頃の流行服を思い出せない自分がいます・・・笑。

 

受験学年でまさかの停滞!!

 

怒涛の中学生活も、とうとう最終学年を迎えました。

中学2年でトップ層にたどり着き、順位をキープしたものの、受験学年となるとフルスロットでみんな勉強に励みだし、私の成績は徐々に停滞→ほんの少し後退していくことに・・・。

理由は、やはり私のド根性勉強法が効率が悪かった、と。

 

当時は、みんなが塾に通うからだよ~、と他人のせいにし、落ち込んでいました。

大人になり、振り返ってみると、私には足りない点、改善するべき点がいくつかあったことに気が付きました。

 

 トップ層に入ってもやり直しに時間を割いていた

 

中学2年で、トップ層に常駐することができてからも、勉強の中心はやり直しでした。

弱点の克服に目を向けてばかりで、更なる応用問題や多種多様な問題に接する機会が少なかった、と今は思います。

やり直しは大切ですが、ある程度の力がついてきた段階で、徐々に解いていく問題をチェンジしなくてはいけない、ということに中学生の私は気が付きませんでした。

大手進学塾Eで受けた全国模試の惨めな経験も今思うと影響していたのかもしれません。

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困難に立ち向かう意志の弱さが、3年生での成績として出てきたのでしょう。

頂を目指すのであれば、もう一度、二度と全国模試を受けていたでしょう。

それを避けた自分が甘すぎ、3年で表面化しただけのことでした。

 

この時点で学習方法を変えていれば、高校入学後もなんとか壁を乗り越えることができたかもしれません。

 

 ド根性方式では突破できない!

 

何事にも努力は必要です。

勉強に限らず、スポーツにおいても努力せずに結果を求めることは無謀なことです。

私はド根性で荒波を超えていきましたが、これも限界があります。

目の前のことしか考えられなかった私は、目の前の学校の成績の低下を阻止すべく、更に長時間の勉強を自らに課しました。

しかし、やり方が依然と同じでは殻を破ることも、伸びることもかなわなくなります。

 

3年で一番苦労したのが、英語と数学の応用問題でした。

この二教科は、高校での成績、ひいては志望大学の選択にダイレクトにつながる科目です。

トップ層の子は基本は出来て当たり前、少し難しいのもできて当たり前、そして応用でその少ないグループ内で差が出るのです。

 

英語も何度も問題解くことで、文法などを理解せずに突き進んでいた私の前に分詞構文や関係詞(受験ではほとんど出題されませんが)の重しがドシ~ン、と乗りかかりました。

数学では水の体積を求める問題等に手こずりました。

先ず、空間認知力を特訓してこなかったこと。そして、こういう問題では何秒間で何Lずつ水が流れるor水が増える、という条件が付いています。

秒と体積の変化を求めるのは、小学校で習う範囲なんです。

塾業界では、小学4,5年(とくに5年)の算数を制する者は中学受験を制する、という言葉があるほど、その学年の算数は重要なのです。

 

これは、中学受験だけではなく、高校入試でも使われる単元が含まれます。

私は、小学生時代をまったく勉強せずに怠けて過ごしました。

4,5年の知識は完璧ではないのは自分でも分かります。

最後の最後で、自分を苦しめることとなりました。

 

女子順位4,5番手から8番手へ!!

中学の女子では学年1位の子、仲良しのAちゃんがワンツーを誇っていました。

調子が良いときは3番手になるときもありましたが、たいてい4,5番手で推移していた私も夏休み明けの秋以降、8番手に下がりました。

受験間近に控え、ざわざわしていた教室も勉強一色になります。

私の心は秋空に舞う木の葉のように寒々しいものになりました。

 

貧しいから、滑り止めの私立も一時金を入金せずに本番一発勝負するしか道がありませんでしたので、退路を断たれた私は11月に自律神経失調症になってしまったのです・・・。

この時ほど、貧しいって嫌だな~、と思ったことはありません。

 

女子で10番以内をキープしてゴール(公立入試)すれば受かる!!!、と信じて残りの数ヶ月を歯を喰いしばって過ごしました。

 

子育てへの反面教師

自律神経失調症の治療の苦い漢方薬を飲みながら臨んだ入試本番。体調は必ずしも万全ではありませんでしたが、無事に終了。

 

一週間後の合格発表で自分の番号を見つけた時の感動は、今でも忘れられない瞬間です。

山あり谷ありの中学時代を終え、晴れて憧れの高校に入学した私には、驚きの世界が待ち受けていたのですが、その時は何も知らずに浮かれていました。

 

さて、こうして振り返ると、やはり中学生といえどもポイントポイントで親に相談したりしていればもっと心が楽だったのに、と思います。

我が家の場合、大学に行くんだぞ!、と母親は言うにはいうものの、完全に子供に丸投げでした。

裕福ではないので、夏季講習にも行かしてくれませんでした(友人が多く通う大手進学塾Eの夏期講習に行きたいと申し出たところ、お金がないと跳ねのけられました・・・)。

 

貧しい家庭の子供というものは、本心からやりたい!! 行きたい!!、と思うことは勇気を出して口にするものです。それでも拒否られると、心は荒れますね・笑。

私はこういう親にはなりたくない、と心に決めて子育てをしています。

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