今回は【小学生から育てたい教科書を超えた力 将来、本当に役立つ【考える力】の育て方】と題し、お話をしていきます。
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学校の勉強では、【正解できたかどうか】が評価の中心になります。
テストでは一つの答えが用意され、そこに最短でたどり着ける子ほど【できる子】と見なされます。
この仕組み自体は、基礎学力を身につけるうえで必要なものです。
しかし、この正解主義に慣れすぎてしまうと、ある落とし穴にはまります。
それは、【答えが用意されていない問い】に極端に弱くなってしまうことです。
現実の社会では、教科書通りの正解が存在しない場面のほうが圧倒的に多くあります。
情報は溢れ、立場によって意見は異なり、何を信じ、どう判断するかは自分で決めなければなりません。
にもかかわらず、【正しい答えを当てる訓練】だけを続けていると、考えること自体を他人任せにしてしまいます。
これからの時代に本当に求められるのは、知識量ではなく【考え方の質】です。
情報をどう扱い、どう疑い、どう結論を組み立てるのか。
その力は、テスト対策だけでは身につきません。
そこで今回は、なぜ今【教科書を超えた思考力】が必要なのか、そしてそれを家庭でどう育てていけばよいのかを、具体的に解説していきます。
なぜ今、【教科書を超えた思考】が必要なのか
まず、かつては、どれだけ多くの知識を正確に覚えているかが、学力の指標でした。
教科書の内容を理解し、テストで再現できれば高く評価される時代です。
しかし今、その前提が大きく揺らいでいます。
理由は明確で、知識そのものの価値が相対的に下がっているからです。
インターネットやAIの発達により、調べれば多くの情報に瞬時にアクセスできるようになりました。
こうした環境では、【何を知っているか】よりも、【その情報をどう扱うか】が問われます。
にもかかわらず、学習が【正解を覚える作業】にとどまっていると、考える力は育ちません。
教科書は学びの出発点として非常に重要ですが、それだけでは十分ではないのです。
今求められているのは、教科書で得た知識を材料として、自分なりに考え、判断し、表現する力です。
この力を支えるのが、【教科書を超えた思考】という視点なのです。
① 知識はAIが持つ!人間には【問いを立てる力】が求められる
現在、知識を蓄える役割は、すでに人間だけのものではありません。
AIは膨大な情報を瞬時に検索し、整理し、提示することができます。
そのため、【知っていること】自体の価値は、これからさらに下がっていくでしょう。
では、人間に残された役割は何でしょうか。
それが、【何を知りたいのか】【どこに疑問を持つのか】という問いを立てる力です。
問いは、思考の出発点です。
同じ情報を前にしても、どこに注目するかによって、考えの方向性は大きく変わります。
問いを立てられない状態では、どれだけ情報を集めても、思考は深まりません。
教科書学習が【答えを覚える訓練】だけに終わってしまうと、この力は育ちにくくなります。
だからこそ、家庭では【どうしてそう思う?】【他の見方はない?】と問い返すことが重要になります。
人間にしかできない思考力とは、まさに問いを生み出す力なのです。
② 国公立大入試やAO入試が【思考力・表現力】重視へシフト
大学入試は、ここ数年で大きく姿を変えています。
とくに国公立大学入試や私立大学のAO・総合型選抜では、語句などの知識をそのまま問うような問題は減り、資料読解や記述、プレゼンテーションなど、思考力・表現力を問う形式が増えています。
これは、【どれだけ覚えたか】ではなく、【どう考え、どう伝えるか】を評価しようとする流れです。
この変化は、短期的な対策では対応できません。
思考力や表現力は、日々の積み重ねによってしか育たないからです。
教科書の内容を理解することは前提ですが、それをどう使うかまで考える習慣がなければ、入試の場で力を発揮することはできません。
だからこそ、小学生の段階から【説明する】【理由を述べる】経験を積むことが重要になります。
教科書を超えた思考は、大学入試対策であると同時に、学びそのものの質を高めるカギでもあります。
③【フェイク情報】に惑わされない判断力を育む
情報が溢れる現代では、真偽不明の情報が簡単に広まります。
一見もっともらしく見える情報でも、根拠が曖昧だったり、意図的に一部だけ切り取られていたりすることは珍しくありません。
こうした環境で必要になるのが、【本当かどうかを自分で確かめる力】です。
正解主義に慣れていると、【それっぽい答え】をそのまま受け入れてしまいがちです。
しかし、教科書を超えた思考とは、【本当にそうだろうか?】と立ち止まる姿勢でもあります。
情報の出どころはどこか、別の見方はないか、誰にとって都合のよい情報なのか。
こうした視点を持つことで、判断力は鍛えられます。
フェイク情報に惑わされない力は、学力の一部であると同時に、社会を生き抜くための基礎的な力なのです。
家庭で育む【教科書を超えた思考力】3大戦略
さて、思考力は、特別な教材や高度な問題集だけで育つものではありません。
むしろ、日常の中でどれだけ【考える経験】を積めているかが決定的です。
その意味で、家庭は最も身近で、最も影響力のある思考のトレーニング場だと言えます。
学校では時間や進度の制約があり、一人ひとりの考えをじっくり扱うことは難しい場面も少なくありません。
一方、家庭では正解を急ぐ必要がなく、自由に考える余地があります。
教科書を超えた思考力を育てるために大切なのは、【難しいことを教える】ことではなく、【考え方に触れさせる】ことです。
ニュースの話題、日常の出来事、学校で学んだ内容など、素材は何でも構いません。
そこに少しだけ何かしらの視点を加えることで、思考は一段深まります。
ここでは、家庭で無理なく実践でき、しかも効果の高い3つの戦略を紹介します。
①【情報の多角化】反対意見をあえて探させる
多くの子どもは、【一つの正しい意見】があると思い込みがちです。
学校の授業やテストでは、基本的にそうした構造になっているため、それ自体は自然なことです。
しかし、現実の問題の多くは、立場や価値観によって見え方が変わります。
そこで家庭で意識したいのが、【反対意見】をあえて探させるというアプローチです。
たとえばニュースを見たとき、【この意見に賛成する人はどんな理由を持っていると思う?】【反対する人は何を心配していそう?】と問いかけてみてください。
重要なのは、どちらが正しいかを決めることではありません。
異なる視点が存在することに気づくこと自体が、思考を柔らかくします。
情報を一方向からしか受け取らない状態では、考えは深まりません。
多角的に見る経験を積むことで、子どもは物事を立体的に捉えられるようになります。
②【概念の定義】自分の言葉で概念を定義させる
【自由】【努力】【平等】【責任】など、教科書や日常会話で当たり前のように使われる言葉ほど、実は理解が曖昧なままになりがちです。
そこで有効なのが、【それってどういう意味?】と問いかけ、子ども自身の言葉で定義させることです。
正解を求める必要はありません。
むしろ、曖昧さが表に出ることに意味があります。
概念を言語化する過程では、【どこまでを含めるか】【何と区別するか】を考える必要があります。
この作業そのものが、思考力を鍛えます。
よく耳にする言葉を改めて調べてみることで、語彙力も鍛えられていきます。
最初はうまく説明できなくても構いません。
【じゃあ例を出すとしたら?】【それはいつも当てはまる?】と対話を重ねることで、考えは少しずつ整理されていきます。
概念を自分の言葉で扱えるようになると、強みになります。
知識は単なる暗記から、使える思考の道具へと変わっていきます。
③【問いの設計】先生役として質問を作らせる
思考力を飛躍的に高める方法の一つが、【問いを作る側】に回る経験です。
学んだ内容について、【もし先生だったら、どんな質問を出す?】と聞いてみてください。
問いを作るためには、どこが重要で、どこが理解の分かれ目になるのかを考える必要があります。
これは、ただ答えるよりもはるかに高度な思考です。
問いを設計する過程では、【簡単すぎないか】【何を考えさせたいのか】といった視点が自然と生まれます。
たとえ拙い質問でも構いません。
大切なのは、問いを通して内容の構造を捉え直すことです。
家庭でこの役割交代を取り入れることで、学習は一方通行ではなくなります。
教科書を超えた思考力とは、知識を受け取るだけでなく、問いとして再構成できる力なのです。
【正解がない世界】で子どもを支える親の関わり方
ところで、これからの社会では、【正しい答えを知っていること】よりも、【答えがない状況で考え続けられること】が求められます。
にもかかわらず、家庭ではつい、子どもに早く結論を出させたり、大人の考えを正解として示してしまいがちです。
しかしそれは、子どもの思考の芽を摘んでしまうことにもなりかねません。
親の役割は、答えを教えることではなく、考えることを安全に続けられる環境を用意することです。
間違えても否定されず、意見を言っても笑われず、すぐに結論を求められない。
こうした環境があってこそ、子どもは自分の考えを深めていけます。
教科書を超えた思考力は、家庭での対話の質によって大きく左右されます。
ここでは、【正解がない世界】で子どもを支えるために、親が意識したい3つの関わり方を紹介します。
①【間違った意見】を歓迎し、深掘りする
子どもが意見を言ったとき、それが大人の考えと違っていたり、論理的に未熟だったりすることは珍しくありません。
そのときに【それは違う】と即座に修正してしまうと、子どもは【考えるより正解を探したほうが安全だ】と学んでしまいます。
他の子とは違う意見を口にすることは、日本では非難の対象となることが多く、【言わない方が無難】という思考回路が動き出す子がほとんどです。
ただ、これからの時代は【意見を言わないでやり過ごす】で色々な場面をすり抜けるのは難しくなってきます。
教科書を超えた思考を育てたいなら、まず【そう考えたんだね】と受け止めることが重要です。
間違った意見こそ、思考を深めるチャンスです。
【どうしてそう思ったの?】【その前提は何?】と問いかけることで、考えの筋道が見えてきます。
正しさよりも、考え方そのものに関心を向ける姿勢が、子どもに安心感を与えます。
間違いを歓迎される環境で育った子は、失敗を恐れずに思考を広げていけるようになります。
②【感情】と【論理】を切り離して対話する
子どもが意見を語るとき、その背景には必ず感情があります。
【悔しい】【納得できない】【不公平だと思う】といった気持ちは、考え始めるための大切な出発点です。
しかし、この感情をそのまま議論の中心に置いてしまうと、話し合いは感情論で終わってしまいます。
教科書を超えた思考力を育てるためには、感情を否定せずに受け止めつつ、論理の部分を丁寧に切り分けていく関わりが不可欠です。
まず親がすべきことは、【そう感じたんだね】と感情を言葉にして返すことです。
ここで感情を否定された子は、防御的になり、思考を止めてしまいます。
安心して気持ちを出せる環境があってこそ、次のステップに進めます。
そのうえで、【じゃあ、なぜそう思ったのかな?】【どんな理由があると思う?】と問いかけ、論理の領域へと視点を移します。
このとき重要なのは、感情を理由として扱わないことです。
【悔しいから】【嫌だから】ではなく、【どんな出来事がそう感じさせたのか】【事実として何が起きたのか】を一緒に整理します。
感情と事実、意見と根拠を分けて考える経験を重ねることで、子どもは【感じること】と【説明すること】は別だと学びます。
この力は、将来の議論や意思決定、さらには対人関係においても大きな支えになります。
親が感情を尊重しながら論理を問う姿勢を示すことが、考える力を育てる最良の手本になるのです。
③結論が出ない【宙ぶらりん】の状態を許容する
多くの大人は、話し合いの最後に結論を出したくなります。
しかし、現実の問題の多くは、簡単に白黒つけられるものではありません。
社会に出れば議論が平行線のままというのは珍しくありません。
政治や国際ニュースを見ていても、【会議は折り合いをつけることなく平行線のまま閉会】ということをアナウンサーが伝える場面を目にすることもあります。
白黒つけたいという気持ちは誰もが持っていますが、現実社会ではそう簡単に物事が進まないこともあります。
そして、なんでもはっきりさせたがる子は、結論をサクッとまとめようとしたら、イライラを募らせたりするようになります。
これでは、なかなか柔軟な思考力が育ちません。
教科書を超えた思考を育てるには、結論が出ないまま考え続ける経験を許容することが不可欠です。
【今日は答えが出なくてもいい】【また考えてみよう】と区切ることで、思考は一度きりで終わらなくなります。
宙ぶらりんの状態を許されると、子どもは自分なりに考えを熟成させていきます。
もちろん、すぐにまとめないことは、放置することではありません。
考え続ける余白を残すことです。
親がこの余白を認めることで、子どもは【正解がない世界】でも、自分の頭で考え続ける力を身につけていくのです。
思考の【フィルター】を家庭で作ろう
【正解を出せること】は、学びの入口として大切な力です。
しかし、それだけでは変化の激しい社会を生き抜くことはできません。
情報が溢れ、立場や価値観が複雑に絡み合う現代では、何を信じ、どう判断するかを自分で考える力が求められています。
その力の正体が、教科書を超えた思考力であり、情報を通す【思考のフィルター】です。
このフィルターは、特別な教材や高度な教育によって突然身につくものではありません。
家庭での何気ない会話や問いかけの積み重ねによって、少しずつ形づくられていきます。
反対意見を探してみる、自分の言葉で概念を定義してみる、問いを作る側に回ってみる。
さらに、間違いを歓迎し、感情と論理を切り分け、結論を急がずに考え続ける余白を認める。こうした関わりが、子どもに【自分の頭で考えていい】という安心感を与えます。
思考のフィルターを持った子どもは、情報に振り回されません。
答えが用意されていない状況でも立ち止まり、問いを立て、判断することができます。
それは受験のためだけでなく、生涯にわたって役立つ力です。
家庭は、正解を教える場所ではなく、考える力を育てる土壌です。
今日の一つの問いかけが、将来の大きな思考力につながっていくのです。

















